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買い手は何を調査するのか?(Part.4)

■法務DDのポイント

 

 最後に法務DDです。ここで特に重要なポイントとなるのは、(1)と(4)です。

 

 

★は、ディール・ブレイクにつながる可能性のある項目

 

(1)外部株主が存在する場合、会社の売却に関して彼らの承諾が得られますか? 株主間協定等で譲渡を制限するような契約条項は存在しませんか? その他、M&A取引実施にあたりどのような障害が考えられますか?★
 意外と引っかかりやすいのが、株主の問題です。会社の売却をする場合には、設立時からすべての株主の異動に関する書類を出すよう求められます。

 

 確認しないと誰が本当の株主なのかが判明せず、買った後に見ず知らずの者から株主の権利を主張される可能性もあるからです。

 

 また、複数の株主がいる場合、一部の株主が会社売却に反対し、自分の株を放出することを拒否するケースもあります。M&Aの買い手の多くは100%の株がそろっていないと買収しません。少数株主の承諾が得られるかどうかは非常に重要な問題です。

 

「株主間協定」についてはこの後で説明します。

 

(4)現在抱えている訴訟案件、今後発生する可能性のある債務・潜在的問題はありますか?ある場合、金額的なリスクはどの程度ですか?★
 労働債務と一緒で、訴訟のリスクがある場合にはディール・ブレイクになるケースが多いといえます。

 

■株主の間で結んでおきたい協定

 

 法務DDにおける買い手からの質問項目例の(1)に「株主間協定」という言葉がありました。

 

 株主間協定とは、会社の株主同士が締結する会社の運営に関する合意事項を定める契約のこと。ベンチャー企業の創業時やM&A時に契約書に盛り込まれることが多いです。

 

 どういった条項を契約書に盛り込むと売り手オーナーにメリットがあるのか。条項の内容と具体的な文言を次に紹介します。

 

●売渡強制条項(創業株主間契約)
 株主でもある役員が退任した時に、株式の売却を勝手にできないようにする条項です。

 

 創業期、複数の人がお金を出し合って会社を設立する場合に、役員かつ出資者でもある者との間でこの条項を加えて契約を結びます。

 

 この契約を結んでいないと、役員を退任した者に引き続き株式を持たれてしまい、残った役員のモチベーションに影響を及ぼすほか、関係者(その後、出資を検討する者等)の理解を得られないこともあります。創業株主間契約があれば、経営に関係のない者が株式を持つことがなくなり、M&Aの買い手にも安心してもらえます。

 

 株主・役員同士の意見が今は一致していても、将来どうなるかはわかりません。売却時に困らないようにするためにも、このような契約を結んでおくべきでしょう。

 

 契約書に加える文言の一例は次の通りです。

 

【条項例】
本契約の当事者(「退任当事者」)が本会社の取締役としての地位を失った場合、退任当事者は、引き続き本会社の取締役としての地位を有する当事者(「残存当事者」)に対して、残存当事者の請求に基づき、自らの保有する本会社の株式すべてを取得価額と同額にて譲渡するものとする。

 

●強制売却権(出資者との契約)
 外部の会社や人に出資してもらう、あるいは知人経営者にジョインしてもらい、その対価として株式の一部を渡すことはよくあります。

 

 その後、過半数の株式を保有するオーナー社長が会社を売りたいとなった時に、少数株主はオーナーの意見に従って売却しなさい、というルールを設けるものが強制売却権です。
 出資契約書にはこの文言を入れておくことが大切です。この文言を加えた契約書にサインすることを、出資の条件にするとよいでしょう。

 

 これにより、会社を売却しようとした時に、一部の株主が反対してディール・ブレイクするという事態を防ぐことができます。

 

 特に歴史が長い会社は、役員が亡くなった時に親族が株式を意図せず承継していることがよくあります。その結果、いざ会社を売却しようとなった時に、多数の株主から株式を集めるのにひと苦労することになります。

 

 社歴の長い会社のオーナーは、株主との間に強制売却に関する契約を結んでいるかどうか、確認しておくとよいでしょう。

 

【条項例】
議決権を有する経営株主および投資家の完全希釈化ベース株式数合計の過半数を保有する単独または2以上の者が、以下の各号の取引(支配権移転取引)を承認した場合、すべての経営株主および投資家は、当該支配権移転取引における各種類の株式等への対価の種類・価額が種類ごとに同一であることを条件に、当該支配権移転取引に強制的に参加するものとし、また、必要に応じてかかる取引に関する株主総会議案に賛成すべく議決権を行使し、その他当該支配権移転取引を実行するために必要な行為を行い、発行会社は、かかる取引につき適用される法令等ならびに定款および社内規則上必要とされる一切の手続きを適法かつ有効に履践する義務を負うものとする。

 

●オプションプール(出資者との契約)
 オプションプール(ストックオプション・プール)は、出資してもらう際のテクニックの一つです。

 

 あらかじめ決めた価格で、将来その会社の株を買える権利のことを「ストックオプション」といいます。新しく雇った役員・社員、あるいは今いる役員・社員に対して、給料の代わりのインセンティブとしてストックオプションを渡すことがあります。

 

 ところがストックオプションが行使されると、発行済み株式数が増え、株式希薄化が生じてしまいます。

 

 既存株主にとっても、これから出資しようという人にとっても、将来の株式希薄化につながるストックオプションの発行は歓迎できるものではありません。

 

 そこでオプションプールとして、EXIT(株式上場、売却)までの間に会社の判断で発行可能なストックオプションの上限を定めます。

 

 そして、例えば、「ストックオプションの発行量は発行済み株式総数に対して10%まで」という文言を、投資契約のなかに盛り込んでおきます。

 

 ストックオプションの上限が設けられることにより、投資家は安心してその会社に出資できます。また会社側は、設定された枠のなかで自由にストックオプションを付与できるようになり、優秀な人材の獲得に活用できます。

 

 EXITに向けて加速する際にもオプションプールの活用は有効ですので、覚えておいてください。

 

■チェンジオブコントロール条項の確認を

 

 法務DDでよく引っかかる問題点の一つとして「チェンジオブコントロール条項」があります。

 

 「チェンジオブコントロール条項」とは、会社分割や株式譲渡といったM&Aなどによって経営権(支配権)が移転した際に、契約内容に何らかの制限がかかるとする条項です。

 

 取引先との基本取引契約書や金融機関との融資契約書に記載されていることがよくあります。

 

 これらの条項が契約書のなかに入っていると、買い手企業が買収した後で、主要取引先との契約が解除されたり、銀行から一括返済を迫られたりといった問題が生じる可能性があります。買い手としては当然、そのような事態は避けたいと考えます。

 

 チェンジオブコントロール条項によって契約内容にかけられる制限には、以下の3パターンがあります。

 

●解除事由
【条項例】
甲が合併、株式交換、株式移転または甲の株主が全議決権の2分の1を超えて変動した場合など、甲の支配権に実質的な変動があった場合には、事前に乙に対してその旨を書面で通知するものとし、乙は本契約を解除することができる。

 

●通知義務
【条項例】
甲が合併、株式交換、株式移転または甲の株主が全決議権の2分の1を超えて変動した場合など、甲の支配権に実質的な変動があるときは、事前に乙に対してその旨を書面で通知しなければならない。

●事前承諾
【条項例】(賃借権の譲渡の禁止)
賃借人は、賃貸人の事前の書面による承諾の無い限り、第三者に賃借権の一部または全部を譲渡してはならない。
なお、賃借人が法人である場合、法人の代表者や役員の変更、株主構成の変更等によって実質的な経営主体の変更があった場合は、賃借権の譲渡があったものとみなす。

 

 つまり、経営権(支配権)の移転があった時に、契約相手がどのような対応をするかということです。契約を「解除する」こともあれば、「通知してね」「事前に承諾を取ってね」というレベルで済む契約内容もあるのです。

 

 いずれにしても実際にM&Aをする上で非常に重要な契約条項になってくるので、買い手がDDをする際には必ずこの内容を確認します。

 

 売り手サイドとしては、自社がこれまで取り交わしたすべての契約書のなかで、チェンジオブコントロール条項が入っているか否かをきちんと確認しておく必要があります。