買い手は何を調査するのか?(Part.2)
■ビジネスDDのポイント
それぞれのDDで買い手からどんなことを質問されるのか。その際、どのようなことに気をつけるべきか。ポイントを説明していきます。
まずはビジネスDDです。ビジネスDDにおいてよく質問されるのは次の項目です。
ビジネスDDは、ビジネスの実態、強み・弱みなどを把握するために行われるDDです。ここでの回答が原因でディール・ブレイクにつながることはあまりありません。
しかし、質問項目(5)に限っては、内容次第でディール・ブレイクにつながる可能性があるので、慎重に回答する必要があります。
それぞれの質問項目の意図やポイントを説明します。
(1)ビジネスモデルの特徴、事業(セグメント)構造は?
オーナー社長は、自分のサービス・製品に惚れ込んでいることが多く、説明を求められてもサービス・製品の自慢に終始してしまうケースがあります。
しかし買い手が聞きたいのはサービス・製品の優秀さではなく、ビジネスモデルの特徴です。どんなに素晴らしいサービス・製品を販売していたとしても、それが簡単に真似されてしまうものである場合、あるいは、ユーザーのニーズに適合していない場合、継続した売上げは望めません。
また、いくらサービス・製品が優秀でも、それを販売する体制や仕組みが確立していなければ、ビジネスとして評価されません。つまり、ビジネスモデルとしていかに競争優位性があるかを伝えることが重要です。
(2)事業のKPIは?
売り手企業は何をKPI(重要な指標)と捉えているのか? そのKPIの推移はどうなっているか? KPIをどう管理しているのか? 買い手企業はそこを知りたいと思っています。
例えば、Amazonはかつて、多額の広告宣伝費をかけて赤字続きでしたが、今では多数の顧客がサブスク契約し、安定してキャッシュフローが得られる状況ができあがりました。当初のAmazonは顧客数やLTV(顧客生涯価値)などをKPIとして重視しており、利益は重視していなかったということです。
その会社が何を重視し、どんなKPIを設定しているのかは、財務諸表を見てもわかりません。だからこそ、売り手企業のオーナー社長や経営陣がどんなことを重視し、何を基準に業績を管理しているのかを、買い手は知りたいと思うわけです。
KPIはビジネスの根幹につながる重要な項目といえます。
(3)類似上場企業、競合他社、類似サービスを提供する企業は?
類似企業について聞く目的は、類似企業との比較によって適正な買収価額(バリュエーション)を調べるためです。ここで得られた回答が、第2章で説明した「類似企業比較法(マルチブル法)」の適用前提となります。
売り手サイドが知っておきたいのは、類似企業の選定はある程度は経営者による裁量の余地があるということです。つまり、どの会社を類似企業として伝えるかによって、自社のバリュエーションが変わってくるわけです。
競合ど真ん中の類似企業と自社を比較すると割安になるものの、ビジネスモデルが類似する異業種の企業と比較したら比較的高い評価になるということもあります。
買い手企業からDDを依頼された外部の専門家は、売り手企業から「ここがうちの類似企業です」と提示されたら、とりあえずはその会社をベンチマークにして比較検討資料を作るものです。
このように質問の意図を理解したうえで、ベンチマークとしている類似企業を選ぶとよいでしょう。
(4)自社のターゲット市場が現在どの程度の規模で、今後どうなると見込まれているか?
ターゲット市場の規模感や成長可能性についてはIM(案件概要書)に記載することもありますが、買い手サイドでも独自に調査し、DDの段階で再度詳しく聞かれることもあります。
将来性が非常に明るいことを説明できればプラス材料になります。
(5)営業及び顧客獲得方法は?★
ここで買い手サイドが聞きたいことは、「売上獲得のためのキーマン(社長など)は誰か」「キーマンがいなくても売上は維持できるのか?」です。
その意図を理解せずに、「自分の人脈や営業トークでこれだけの仕事を取っている」などとオーナー自身が自分の能力をオーバーに伝え自慢したりすると、買い手は逆に不安に感じてしまいます。
理想的な回答は、「社長である自分がいなくてもちゃんと事業は回っている」「社員が自主的に動いて顧客を獲得している」「特定のキーマンに依存しない仕組み・組織ができている」といった内容を説明することです。
このような会社であることが伝われば、買い手としては、「買った後も売上が継続できる体制がある良い会社だ」と判断できます。
(6)自社の強み、弱み、機会、脅威は?
いわゆるSWOT分析※のもとになる情報です。
弱みについては隠したがる経営者が多いですが、あまり気にする必要はありません。弱みは裏返せば強みにつながるからです。弱みを解決すればもっと伸びるという意味で、そこは「伸びしろ」であるとアピールできるのです。
例えばEC事業を運営している会社が、「売れる商材を持っているけれども、大量に在庫を置くだけのキャッシュがないことが弱み」と伝えます。そうすると買い手は、「うちがキャッシュを入れればもっと儲かりそうだ」とシナジーを見出せます。
あるいは、「製品開発の技術力には自信があり顧客からも高い評価を受けているが、マーケティングや営業力がないことが弱み」という会社である場合、営業力を強みとしている大手企業にとっては支援しやすい弱みなので、そのような買い手にとっては、成長余力として捉えられます。
※SWOT分析:自社の外部環境と内部環境をStrength(強み)、Weakness(弱み)、Opportunity(機会)、Threat(脅威)の4要素で分析すること。
(7)過去3年間の損益推移の増減要因は?(経常的か一過性か?)
過去3年間の損益が右肩上がりに伸びている時が、会社が一番高く売れるタイミングです。反対に下がり続けているタイミングでは、将来の落ち込みが推察されてしまうので、価格は大幅にディスカウントされます。
3期連続成長していなかったとしても、「この年は落ち込んでいるけれども、こういった理由があり、将来は伸びる」と明確に説得できれば納得してもらえる可能性が高いでしょう。
(8)今後3~5年の事業計画は?
成長過程にある会社の場合は、説得力のある事業計画を用意することで高く売れる可能性があります。
事業計画は前提条件の積み重ねです。「この売上を達成するには○人の人材と○円の資金が必要」で、「そのリソースを投入すると、このKPIが達成できる」「その結果、売上○円が達成される」というように、前提条件を積み重ねることで計画が作られています。信頼できる事業計画を立てられるのであれば、DDにおいてもプラス材料になります。
反対に、裏付けとなる前提条件もなく事業計画を立てたところで、買い手には信用してもらえません。
もちろん、計画はあくまでも計画なので達成できるとは限りませんが、それは買い手が評価することです。売り手が事業計画を提出しないことには、買い手は評価のしようがありません。事業計画をまず作ることからスタートしてください。
続く