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売り手が有利な会社売却のスキーム(Part.2)

■ケーススタディ(2) 「無対価分割型会社分割」で多くの財産を残す

 

 次は、EC事業(オンラインでの商品販売)を手掛ける会社が売り手となった事例です。

 

 買い手は、ECとはまったく別の別業界の会社です。事業多角化の一環で新規事業としてEC事業を始めたいと思い、EC事業で実績のある会社の買収を検討していました。

 

 売り手は創業以来ずっと黒字経営を続けており、多額のキャッシュを蓄積。さらには生命保険を解約することで約1億円の解約返戻金も得られるという、財務体質が非常に良好な会社でした。この売り手企業の株価算定を専門家に依頼したところ、約5億円と評価されました。

 

●「無対価分割型会社分割」とは?
 このような会社の売却スキームとして通常は株式譲渡を選択しますが、別のスキームを使うことで、売り手オーナーはより多くの財産を残せる可能性があります。「無対価分割型会社分割」と呼ばれるものです。

 

 複数ある事業のうち一部を売却せずに残したい、あるいは特定の財産を売却せずに残したいと考える時によく用いられるスキームです。オーナー社長が株式を100%所有している会社に限って使えます。

 

 無対価分割型会社分割の具体的な手順を下の図に沿って説明しましょう。

 

 

①オーナー社長が株式の100%を持つA社がある。
②オーナー社長はこの会社とは別に、新会社B社を設立する。
③そして、売却したくない事業や資産をA社に残したまま、売却したい事業や資産を無対価でB社に承継する。
④その後、B社株式を買い手企業に譲渡する。買い手企業は、余計な資産や事業を取り除いた、事業のみを手にする。

 

●無対価分割型会社分割は税金面で有利な場合も
 無対価分割型会社分割を行ったうえで売却した場合、単純に会社を丸ごと売った(株式譲渡した)場合と比べて、オーナー社長にとって税金面で大きなメリットが生じます。

 

 まずは株式譲渡のスキームで、A社を5億円で売却したと想定して、いくらの税金がかかるのかを計算してみましょう(ケース1:株式譲渡)。

 

 

 5億円の株式譲渡額に対して、売り手オーナーは株式譲渡益税を支払う必要があります。税率は約20%ですから、約1億円の税金がかかります(厳密には、売却額から当該株式の取得原価を差し引いた額に対する20%ですが、ここではわかりやすくするために取得原価を無視しています)。

 

 また、M&A仲介会社などの専門家に支払う成功報酬があります。これは売買価格によって異なりますが、5億円以下の場合には5%が相場です。つまり、このケースでは2,500万円です。

 

 その結果どうなるか。売却金額5億円から、株式譲渡益に対する税金1億円と、仲介会社への成功報酬2,500万円を差し引くと、オーナー社長の手元に残る金額は、最終的に3億7,500万円になります。

 

 次に、「無対価分割型会社分割」のスキームで売却した時の税金を計算してみます(ケース2:会社分割後に株式譲渡)。

 

 

 A社に1億円の現預金を残して、分割したB社に事業を承継させ、そのB社を売却しました。B社の評価額は、先ほどの5億円から、現預金分の1億円差し引いた4億円となります。

 

 このB社株式を4億円で譲渡したことで、売買価格に対する約20%である8,000万円の株式譲渡益税が発生します。また、M&A仲介会社への専門家報酬は5%の2,000万円となります。4億円-8,000万円-2,000万円=3億円で、最終的な手残りは3億円となります。

 

 A社に残した1億円を含めると、トータル4億円がオーナー社長の手元に残ることになります。

 

 単純な株式譲渡では手残り3億7,500万円でしたが、会社分割後の株式譲渡では手残り4億円となりました。後者の方が2,500万円多く残りました。

 

 A社に残した1億円は、厳密には社長の個人資産ではなくA社の資産ですが、オーナーが自由に使えるわけですから、オーナーの資産と同義といえるしょう。

 

●アドバイザーからは提案されないスキーム
 この会社分割というスキームは、複数の事業を営んでいる会社が一部の事業だけを売る際に使われます。

 

 会社を丸ごと売ろうと思っても、買い手との間に売買価格の折り合いがつかない時などにこのスキームを利用すれば、売買価格を下げることができ、交渉がスムーズに進むことがあります。

 

 問題は、会社分割の手続きに手間と時間がかかる点です。スピーディーに売りたい事情がある場合には難しい手法です。

 

 また、M&Aのアドバイザー側からこのスキームを提案してくることは稀です。なぜならば、会社分割によって売却価格が下がることで、アドバイザーが受け取る手数料が大幅に減ってしまうからです。

 

 そのため実際のM&Aの現場では、アドバイザーはオーナーに株式譲渡を薦めて、オーナーは言われるがまま、それに従うケースが多いといえます。

 

 しかし、会社分割を選べば最終的により多くの財産を残せる可能性があります。一般的なスキームである株式譲渡以外に、事業譲渡や会社分割というスキームがあることを知っておきましょう。

 

 そして、もし将来的に事業の整理を検討しているのであれば、早めに専門家に相談するとよいでしょう。

 

 続く