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売り手が有利な会社売却のスキーム(Part.1)

 

 本コラムでは、会社売却のスキームについてより実践的な内容を解説していきます。

 

 M&Aの実務においては、会社売却スキームの検討は売却価格と並ぶ重要なテーマです。同じ事業価値であったとしても、売却スキームを変えることでオーナー社長が手にする資産が大きく変わることがあるのです。

 

 なぜそのようなことが起こるかというと、スキームごとに課税される税金の種類(法人税や所得税・住民税など)と金額が異なるためです。

 

 もし経営者がこのことを何も知らなければ、M&Aの仲介会社から薦められる、買い手・売り手が最も早く成約するスキームを使われてしまいがちなので、結果として他のスキームを活用した場合よりも損してしまうことが起こり得るのです。

 

 少しでも手にする資産を増やしたいのであれば、経営者自身が会社売却のスキームに関する知識についても身に着けておくべきです。

 

■買収で使われる主なスキーム

 以前のコラムで説明した通り、M&Aのスキームは図のように合併と買収に分かれ、そのうち買収のスキームには株式譲渡のほか事業譲渡、株式交換、会社分割があります。

 

 では、どのような場面でどのスキームが使われるのか。ケースに沿って説明していきます。

 

■M&Aのケーススタディ(1) 取引先数が多い会社の売却

 

 売り手が大手老舗工務店、買い手がリサイクル会社のケースです。

 

 売り手の企業グループは工務店以外にもいろいろな事業に手を広げるなか、子会社の一事業としてリサイクル事業を展開していました。そして、本業とはあまり関係のないリサイクル事業を売却することにしました。

 

 買い手は、営業エリアを拡大するのに最適と考え、そのリサイクル事業の買収を検討していました。

 

●事例に見る、株式譲渡と事業譲渡の違い
 このようなケースでは通常、「株式譲渡」または「事業譲渡」が使われます。それぞれどのような違いがあるのか、詳しく見ていきましょう。

 

 

 譲渡する対象は、株式譲渡では「株式」、事業譲渡では「事業全部」もしくは「事業の一部」となります。
 従業員・取引先との関係は、株式譲渡の場合には、今までと同条件で買い手へ引き継がれます。会社を丸ごと売るわけですからこれは当然です。

 

 一方、事業譲渡の場合には、個別の引き継ぎが必要となります。つまり、譲渡する事業に属する従業員と取引先だけを、買い手側企業が個別に契約し直して引き継ぐということです。

 

 許認可については、株式譲渡なら当然に引き継がれますが、事業譲渡の場合は基本的に引き継ぐことができません。

 

●「チェンジオブコントロール条項」に注意
 さてこのケースでは、買い手企業はリサイクル事業のみの買収を望んでいました。しかしその場合、売り手側企業では様々な問題が生じます。

 

 まず、買い手企業の社員が自社の従業員を受け入れてくれるのか、自社の従業員が相手先の会社に馴染めるのかわからないという問題です。

 

 また、取引先との関係を問題なく引き継げるかといった点も懸念されます。通常、取引先と交わす基本契約書には、「契約上の地位の移転を禁止する」といった内容の条項(=チェンジオブコントロール条項)が記載されています。

 

 これは、M&Aなどを原因として経営権の異動が生じた場合、契約内容に何らかの制限がかかったり、契約を解除したりできるという条項です。

 

 売り手企業と取引先の取引契約書に、このような条項が入っている場合、買収後に取引条件を変更する必要性が生じたり、最悪の場合、契約解除になったりするおそれがあります。

 

 したがって買い手にとっては、売り手とその取引先間でのチェンジオブコントロール条項の有無は、買収するかどうかの判断に影響を与える重大な要素になります。

 

 そこで売り手としては、経営権の移転後も取引をそのまま継続してもらえるのか、取引先に水面下で確認するといった作業が必要になります。もし一部の取引先の引き継ぎができないのであれば、その分、売却価格を調整する(値下げする)といった対応を行う場合もあります。

 

●膨大な引き継ぎを回避したスキームとは?
 実際にこの案件で大きなボトルネックとなったのは、売り手企業の取引先数が膨大にあったことです。そのため、事業譲渡を選ぶ場合には、引き継ぎに膨大な時間と労力がかかり、全ての契約を引き継げる保障がないということが問題視されました。

 

 こういった問題を解決する手段として、会社分割というスキームがあります。つまり、リサイクル事業だけを別会社として分割し、その別会社の株式を譲渡するという方法です。これによって事業譲渡のデメリットである、「従業員・取引先を個別に引き継ぐ手間」を回避することができるのです。

 

 M&Aの実務ではこのように、ある買収スキームにボトルネックが生じる場合、別のスキームを選択することがよくあります。

 

 株式譲渡と事業譲渡、そして会社分割は、それぞれにメリットとデメリットがあります。専門家とよく相談して、一番有利になるスキームを選択する必要があります。

 

 続く