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M&Aの実務でよく使われる評価方法(Part.3)

■DCF法とは?

 

 次に、M&Aの実務で使われるもう一つの評価方法であるDCF法を解説します。

 

 DCF(Discounted Cash Flow:割引後のキャッシュフロー)法は、会社が将来獲得することが予想されるフリーキャッシュフロー※を、加重平均資本コスト(WACC)で割って、現在価値に置き換え、事業価値を算出する方法です。

 

 将来どれくらいの利益を上げられるか計算して企業価値を算出する方法に「収益還元法」があります。これもDCF法と似ていますが、問題は、国や会計方針によって「利益」の概念が少しずつ異なることです。

 

 そこで将来収益獲得能力を論理的かつ正確に把握するには、当該予測期間における実際の現金収入(事業価値)を端的に表すキャッシュフローを用いるDCF法が最適と言われています。

 

 DCF法は複雑な計算を行いますが、計算方法を覚える必要はありません。ここで解説するおおまかな計算のイメージだけをつかんでください。
※フリーキャッシュフロー:会社が事業活動で稼いだお金のうち、自由に使える現金(キャッシュ)のこと。

 

 

●DCF法の計算ステップ
STEP①フリーキャッシュフローの算定
 まず、フリーキャッシュフローを次の計算式で求めます。

 

フリーキャッシュフロー(FCF)
=EBIT※×(1-法人税率)+減価償却費-設備投資等±運転資本の増減
※EBIT:会計上の営業利益に、事業のために保有している資産を源泉として生み出される営業外の損益を加減算した値

 

 フリーキャッシュフローは、EBITDAから税金負担分を控除したものとほぼ同等です。ただし、設備投資の計画があったり、事業拡大に伴って運転資本の増加が見込まれたりする場合は、それらを差し引く必要があります。

 

STEP②割引率(WACC:加重平均資本コスト)の算定
 次にWACC(ワック)を求めます。WACCとは、投資家が企業に期待する年間リターンこと。リスクがあるものへ投資する場合、期待リターンが高くなります。

 

 上場企業株式の期待リターンは10%程度、スタートアップ企業の株式なら40~50%が平均的なWACCです。

 

STEP③永続価値(Terminal Value:TV)の算定
 次の計算式によって永続価値を求めます。

 

永続価値(TV)
=継続可能FCF×(1+永久成長率)÷(割引率-永久成長率)

 

STEP④企業価値の算定
 STEP①~③で求めた数値と事業計画をベースに、下記のように企業価値を算定します。

 

 事業計画の最終年度の利益を求めて、それに対して割引率を掛けることでキャッシュフローベースの事業価値を計算。そこから有利子負債残高を差し引くことで株主価値を割り出します。

 

 

■演習問題

 

 時価純資産法、EV/EBITDA法、DCF法の三つの評価方法を説明してきました。事例をもとに、それぞれの評価方法を実際にどのように使うのか解説します。下記の演習問題をご覧ください。

 

 

上記のA社を調査した結果、①~⑤の事実が判明しました。この会社の株式価値を三つの方法で求めていきます。

 

●時価純資産法での計算プロセス
 まず、時価に直す必要がある貸借対照表の各項目を調整します。貸付金の100百万円は回収不能と判断し0円にします。その分、純資産は100百万円減ります。

 

 不動産は、簿価100百万円を、時価120百万円に評価替えします。

 

 保険金50百万円は貸借対照表に計上されていないので、これを資産として計上します。
 もともとの簿価純資産150百万円から上記三つの調整項目を足し引きすると、150百万円-100百万円+20百万円+50百万円=120百万円で、この会社の時価純資産は120百万円となります。

 

●EV/EBITDA法での計算プロセス
 EV/EBITDA法では、まず損益項目の調整を行います。

 

 役員報酬50百万円のうち、25百万円は引退する予定のオーナー分なので、この額を損益計算書の役員報酬から差し引きます。

 

 また交際費10百万円のうち5百万円は私的経費で、オーナーが引退した後は発生しないので、この分も交際費から差し引きます。

 

 これらを調整した結果、調整後の販売費及び一般管理費は230百万円→200百万円、営業利益は20百万円→50百万円となりました。

 

 次に、上記で求めた営業利益を使い、下記の計算式にてEBITDAを求めます。

 

EBITDA=営業利益+減価償却費

 

 すると50百万円+5百万円で、EBITDAは55百万円となります。

 

 次に、EVを求めます。EBITDAの55百万円に加え、「類似企業のEV/EBITDA倍率は5倍」という記載を参考に、下記の計算式に当てはめます。

 

EV/EBITDA倍率=EV÷EBITDA

 

 すると、「5倍=EV÷55百万円」となります。これを逆算してEVを求めると、EV=5倍×55百万円=275百万円となります。

 

 最後に株式時価総額を求めます。計算式は下記の通りです。

 

株式時価総額=EV-純有利子負債+現預金

 

 すると、「275百万円-借入金200百万円+現預金100万円+保険解約金50百万円=225百万円」となり、この会社の株主価値は225百万円となります。

 

●DCF法での計算プロセス
 まずフリーキャッシュフロー(FCF)を求めます。計算式は次の通り。

 

FCF=EBIT×(1-法人税率)+減価償却費-設備投資等±運転資本の増減

 

 EBITは税引前営業利益なので、EV/EBITDA法の最初の方で求めた調整後の数値を使って50百万円とします。法人税率は40%とします。この事例では設備投資等、運転資本の増減はありません。

 

 これらを当てはめると、FCFは50百万円×(1-0.4)+5百万=35百万円となります。

 

 この35百万円をWACCの10%で割ると、350百万円。
 ここからネットデット(有利子負債+現金)を調整すると、350百万円-150百万円+100百万円=300百万円で、株主価値は300百万円となります。

 

●まとめ
 それぞれの評価方法による結果をまとめたのが次の表です。

 

 このように、アプローチ法によって計算結果は変わってきます。どの方法を使うかは企業の成長ステージ等によって異なります。

 

 

 なお表の一番右側に記載した実務上の簡便法は、中小企業のM&Aで使われることの多い計算方法です。

 

 時価純資産をベースに、営業権(のれん代)3~5年分を加えて求めます。何年分を乗せるかは業種によって変わります。のれん代については、第3章で詳しく説明します。

 

 また、非上場企業のM&Aの場合、株式譲渡が制限されていることから「非流動性ディスカウント」として最大30%を上記評価結果から差し引くことが多いといえます。

 

 スタートアップ企業の場合、将来の不確実性が高いことから、割引率はさらに大きくなり、40~50%で割引計算されることもあります。