M&Aの実務でよく使われる評価方法(Part.2)

■類似企業比準法(EBITDA法)とは?
次に類似企業比準法(マルチプル法)です。
マルチプル法にもいくつかありますが、ここでは代表的な「EV/EBITDA(イーブイ/イービッダー)倍率」を紹介します。
EVとは事業価値のこと。またEBITDAは、利払前・税引前・減価償却前利益(Earnings before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization)のことを意味します。
つまりEV/EBITDA倍率とは、EV(事業価値)がEBITDAの何倍になっているかを表す指標です。事業価値をEBITDAの何年分で賄えるかを表すものであり、簡易買収倍率とも呼ばれます。
M&Aの際に使用されるEV/EBITDA倍率の目安は国や業種ごとにさまざまです。
自社のEV/EBITDA倍率を、同業種や同じステージにある企業のEV/EBITDA倍率と比べることで、自社の株価が割安か割高かを判断できます。
●EV/EBITDA倍率の求め方
EV/EBITDA倍率は次の計算式で求められます。
まずはEVを、
EV=株式時価総額+純有利子負債
の式で算出します。純有利子負債(ネットデット)は有利子負債から手持ちの現預金を差し引いたものです。
次にEBITDAを求めます。EBITDAを求めるには、実務上は簡便的に、
EBITDA=営業利益+減価償却費
で計算することが多いです。基本的にはこの計算式を覚えていればいいでしょう。
ただ、大きな額の営業外収益(雑収入・雑損失)が毎年発生する会社の場合には、上記の計算式では正しく機能しないため、「EBITDA=経常利益+支払利息+減価償却費」とするもあります。
いずれにしても減価償却費を足すところがポイントです。減価償却費は実際のキャッシュアウトを伴わないものの、会計上の利益の減少につながる費用項目です。
キャッシュフローベースで企業の収益力を測るためには、キャッシュアウトの伴わない費用項目である減価償却費を、営業利益に加算して計算する必要があるわけです。
EBITDAを求めたら、最後に、下記の式でEV/EBITDA倍率を求めます。
EV/EBITDA倍率=EV÷EBITDA
●業種や成長ステージによってEV/EBITDA倍率は変わる
上場企業全業種のEV/EBITDA倍率の中央値は7.9倍(2021年)となっています。
倍率上位の業種には、情報・通信業11.6倍、サービス業11.3倍、医薬品10.0倍などがあります。倍率下位の業種には、倉庫・運輸関連業3.1倍、鉱業3.1倍、空運業3.6倍などがあります。
(参考:ザイマニ https://zaimani.com/financial-indicators/ev-ebitda-ratio/)
上場企業が公開している決算書の情報から、自分でEV/EBITDA倍率を計算することも可能です。
こういったマーケット情報を参考に、自社の属している業界の平均的な倍率を用いることで、自社の株式価値を推計することができます。
所属する業種の成長ステージによってもEV/EBITDA倍率は違ってきます。あくまでも参考値ですが、下記が目安となります。
・所属する業種が成熟段階にあり急激な成長が見込まれないケース:4倍
・所属する業種がスタートアップ段階でも成熟段階でもないケース:8倍
・所属する業種がスタートアップ段階であり成長が見込まれるケース:12倍
なお中小企業のEV/EBITDA倍率は、通常は3~10倍の範囲内に収まります。業種にもよりますが、一般的には、買い手企業としては、5倍を切っているとお買い得という判断をします。
●正常収益力の調整項目
「時価純資産法」のところで、貸借対照表の調整項目について説明しましたが、EBITDA法を使う場合もいくつかの項目で調整が必要になります。その場合は損益計算書上での調整です。以下が調整項目の一覧です。
買い手は、「その会社を買収し、自社の傘下に加えたら、自社の損益計算書にどんなインパクトがあるのか」という視点を見ています。そこで、損益計算書上のインパクトを正確に把握するために、これらの調整項目が必要になるというわけです。
例えば、オーナー社長が多額の役員報酬を自分に払っていた場合、売却し後にオーナー社長が引退するのであれば、その役員報酬は削減できます。買い手は、その分の利益を上乗せできると考えます。
また、もしその社長が役員報酬に見合った業務を担っていたのであれば、引退した社長に代わって、他の人を雇う必要が生じます。その場合は、採用や報酬の支払いにかかる追加的負担コストを計上する、という調整も行う必要があります。
売却を検討している社長のなかには、「役員報酬を減らして利益を高めておかないと売れないのでは?」と心配する人もいますが、デューデリジェンスの際に上記のような調整を行うので、その点は心配する必要はないでしょう。
オーナー社長の私的な経費の利用についても同様で、M&Aの際に大きな問題になることはありません。
ただし、行き過ぎた粉飾を行っている場合や、粉飾が常態化し正常収益力を把握できなくなっている場合、話は別です。そのような粉飾をオーナー社長が指示しているとすれば、その経営姿勢に対して買い手が不信感を抱くことにつながるのでお気を付けください。
続く