買い手は何を調査するのか?(Part.3)
■財務DDのポイント
次に財務DDです。買い手として、売り手企業の財務で何を重視するかというと、やはりキャッシュフローです。そして「中小企業の決算書は税務申告のために作られているため、これを見ても財務の実態は把握できない」という前提でいます。
そのためDDの段階で詳しい調査を行い、キャッシュフローの実態を明らかにします。
財務DDにおいてよく質問されるのは次の項目です。
★は、ディール・ブレイクにつながる可能性のある項目
それぞれの質問項目の意図やポイントを説明します。
(1)毎月の売上計上は実現主義、経費の計上は発生主義になっていますか?
日本の会計基準では、売上の計上は「実現主義」、原価・経費の計上は「発生主義」で行うのが原則です。
実現主義とは、商品の引き渡しやサービスの提供を行った時点で計上する方式です。一般的な販売業であれば、商品を出荷した時点や納品した時点で売上として認識します。
発生主義は、金銭のやり取りの有無に関係なく取引が発生した時点で計上する方式です。商品を買った時、サービスを受けた時のタイミングで費用として計上します。
「○円の売上に対して、○円の経費がかかった」と毎月の損益を正確に把握するためには、このような方式に則って会計処理する必要があります。
この原則を意図的に破り、仕入れのタイミングを遅らせるなどして決算書をよく見せようとする会社もなかにはあります。しかし専門家がDDをすればそのような粉飾は見抜かれます。原則に従った会計処理を普段から心がけてください。
(2)資金繰り表(キャッシュ・フロー計算書)を作成していますか?
買い手企業は売り手である中小企業の決算書を信用していません。なぜならほとんどの中小企業の決算書は税務申告のために作成されたものであり、投資判断を目的として会社の適正な業績把握ができるよう作成されたものではないからです。
その代わり、現預金の収支、つまりキャッシュフローを入念に確認します。
DDする側にとっては、預金通帳で確認できるキャッシュの流れが一番信用できる情報といえます。ですから、キャッシュフローをベースとした資金繰り表(キャッシュ・フロー計算書)を買い手は確認したいのです。
(3)「簿外債務」「偶発債務」の有無とその内容、発生可能性は?★
「簿外債務」とは、本来帳簿上に記載されるべき債務なのに記載されていないもの。例えば、未払い残業代、未払い退職金、リース債務などがこれに当たります。
コピー機などのリース契約は、5年縛りなどが普通です。5年間の債務が確定しているわけですから、帳簿に載せる必要があります。帳簿に載せていなければ簿外債務といえます。
「偶発債務」とは、現時点で確定債務ではないものの、将来の一定の条件がそろった場合に債務となる可能性があるものです。具体例として次のものがあります。
・保証債務:子会社・関連会社などの債務保証を負っていて、その子会社が債務不履行を起こした場合に親会社に代理弁済義務があるといったケースです。
・係争事件:実際に訴えられている案件だけでなく、「土壌汚染で近隣からクレームが出ている」などの事態も将来訴訟に発展する可能性があります。敗訴した場合に賠償義務を負う可能性があるものは偶発債務といえます。
・受取手形の割引高・裏書譲渡高:手形に不渡りが生じた場合に遡及義務がある場合も偶発債務に該当します。
偶発債務は将来の発生可能性が低い債務ですが、発生が確定すると「確定債務」となります。また、発生可能性がある程度高く、合理的に金額を見積もれるものは「引当金」として計上するのが会計のルールです。
この引当金を積んでいない中小企業は非常に多いです。
確定債務ではなく、引当金を積むほどでもない債務は帳簿上に出てこないわけですが、買い手はその存在を知りリスクに備えたいと考えます。売り手としては偶発債務についても正しく伝える必要があります。
なお簿外債務で一番多いのは、すでに退職した従業員から未払い残業代を請求されるケースです。
これを防止するために当社では、年に1回、年俸改定の場を設け、従業員との間で労働条件通知書を取り交わしています。通知書にサインをしたら給料が上がるという流れにしているわけです。
この労働条件通知書には、「上記条件において雇用されること及び○月分の労働に対する賃金を除き未受領の賃金がないことを確認しました」という一文を入れておきます。
こうした契約書が存在すると買い手にとっては大きな安心材料になります。
(4)自社の正味運転資本と今後予測される運転資本の増減見込みは?
(5)今後の設備投資計画はどのようなものがありますか?
買い手は将来のキャッシュフローを予測する上で、今後どういう投資計画があってどれぐらいの資金が要るのか、いくらのキャッシュが追加で必要なのかを正確に知りたいと考えています。
そこでこれらの質問をして将来の資金の動きを必ず確認します。
(6)買収後に削減可能なコストがどの程度になり、実質的なEBITDAまたはEBITがどの程度になるか?
中小企業のM&Aにおいては、決算書の数字よりも、実質的にいくら儲かっているのかを基準に売買されるケースが多いといえます。
例えば役員が役員報酬を過大にとっていれば決算書は悪くなりますが、M&A後にその役員が退職するのであれば、役員報酬をその分削減できます。
買い手としては、M&A後には発生しない経費を考慮して、売り手企業の正常的な収益力を計算する必要があり、DDではそのあたりをヒアリングされることになります。
(7)本業と関連性のない資産、オーナー社長及び親族のみが使用している資産等は?
(8)社長と個人的な関係性のある取引先(親族含む)はありますか? 株主、役員、その他関係の深い会社との通常の取引条件でない取引等はありますか?★
中小企業の社長は公私混同をしがちで、例えば親族の方に給与を支払っているが労働の実態はないケースなども存在します。そのような取引や支払いが存在しないか、詳しく質問されます。
最後に事例を一つ紹介します。ある上場企業の子会社の例です。
私がこの会社の調査を担当し、債権・債務残高を確認しようとしたのですが、回答がありません。経理部長に聞いても怒ってはぐらかすばかり。
怪しいということで銀行口座を確認するなど詳しく調査したところ、経理部長が親密な業務委託先を経由して自分の口座にお金を振り込ませていることが発覚しました。つまり、横領行為です。
経理と財務を1人の担当者が兼任して、チェックする人が他にいない状況にしてしまうと、このような横領ができてしまいます。このような事態を防ぐには、会社がある程度大きくなった時点で、経理担当と支払いを行う財務担当を別にすることが鉄則です。
■労務DDのポイント
次に労務DDです。労務DDで聞かれる主な質問は、残業代の未払いはないか、労働関係で揉めていないか、といったところです。
★は、ディール・ブレイクにつながる可能性のある項目
残業のしすぎや36協定をきちんと守っていないなどで官公庁から指導・勧告・命令を受けた場合、その事実についての資料を買い手は求めます。
また、改善策を実施しているか確認し、改善の見込みがないのであれば、将来訴えられる可能性が高いので買収できないという判断をすることもあります。
同様に、リストラ、懲戒、労災事例がある会社の場合には、労務管理がきちんとしていない会社だと考えられ、訴訟リスクが高いと判断されます。
労務DDについては、後ほど依頼リストの解説をする際に詳しく解説します。
続く