会社売却スキームと税務(Part.4)

●どちらのスキームがいいのか、本気で計算すべし
事業譲渡なら手残り4億円、株式譲渡なら手残り3.5億円と、5千万円も差が出る結果となりました。5千万円も違いがあるのなら、売却時のスキームをどうするか、真剣にシミュレーションしたくなるのではないでしょうか?
ちなみに売却スキームの違いによって、アドバイザリー報酬も大きく変わります。このケースでは、事業譲渡のアドバイザリー報酬は1千万円、株式譲渡のアドバイザリー報酬は2千万円でした。
M&Aアドバイザーの立場に立って考えると、手続きがやや面倒くさくて1千万円の報酬が入る事業譲渡と、手続きがシンプルで2千万円の報酬が入る株式譲渡、どちらをクライアントに提案するでしょうか。言うまでもなく株式譲渡ですよね。
しかしオーナー社長が少しでも手残りを増やしたいなら、このケースでは事業譲渡を選ぶべきです。M&Aのスキームや税務を理解し、最適なスキームを自分で選ぶ必要があるのは、このためなのです。
●買い手側のメリットの違い
事業譲渡と株式譲渡の買い手側から見たメリットを比較すると、次の通りになります。
のれんについてはすでに説明した通りで、事業譲渡の場合にはのれんの償却により節税効果というメリットを採れることがあります。
繰越欠損金の扱いも事業譲渡と株式譲渡で変わってきます。事業譲渡では繰越欠損金を使えませんが、株式譲渡の場合には引き続き買収した会社で使えます。株式譲渡で買った場合には、買い手企業の協力により収益が改善し将来利益が出た際に、繰越欠損金を使うことで節税効果を採れる可能性があります。
■株式譲渡で覚えておきたい「概算取得費5%ルール」
先ほどのケーススタディで、株式譲渡の譲渡原価について、「出資額と5%(概算取得費)のいずれか大きい方を選ぶ」と記載しました。これを知っているか知らないかで、納税額が大きく変わることがあります。
所得税に関する法令では、このルールを次のように定めています。
「実際の取得費(設立時の出資額)」と「概算取得費(譲渡価格の5%)」のいずれか高い方を適用していいわけです。設立時の出資額の20倍を超える価格で株式を譲渡できた場合、株式等の取得費の金額は「概算取得費(譲渡価格の5%)」の方が高くなるはずです。
例えば、1,000万円を出資して設立した会社を4.5億円で株式譲渡した時、実際の取得費は1,000万円ですが、概算取得費は4.5億円×5%=2,250万円となり、概算取得費の方が1,250万円高くなります。
取得費が1,250万円アップすれば、1,250万円×税率20%=約250万円の節税が可能になるということです。
ちなみに、最初に「実際の取得費」で税金の申告をし、後から気付いて概算取得費に修正しようとしても、更生の請求は認められなかったという判例があります(大阪国税局 資産課税課「資産税関係質疑応答事例集」(平成23年6月24日))。知らないと損をするルールということです。
M&Aアドバイザーが教えてくれればいいのですが、彼らは税制についてはあまり詳しくないため、教えてくれません。また、M&Aに精通していない税理士のなかには、このルールを知らない人もいます。
オーナー社長は、「出資額の20倍以上で売却した時は、概算取得費を譲渡原価として税金の計算をすべし」と覚えておきましょう。