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会社売却スキームと税務(Part.3)

■売却スキームによる税務の違い

 

 会社売却のスキームとして株式譲渡と事業譲渡のどちらかを選ぶ際には、税務計算上どちらが有利かという視点も重要です。その時に欠かせない要素となってくるのが「のれん」です。

 

 次のケースで、各スキームにのれんがどう影響するかを考えてみましょう。

 

 

 この会社を売却する場合、株式譲渡と事業譲渡、どちらのスキームを採用すると最も多くの財産を残すことができるでしょうか?

 

●事業譲渡を選んだ場合
 まずは事業譲渡で考えます。ここで事業譲渡スキームを選ぶ狙いは、売却額を下げることです。

 

 歴史が長い会社は一般的にたくさんのキャッシュを貯め込んでいます。X社にも現預金1億円に加え、保険解約時に受け取る保険未収金1億円が蓄積されています。

 

 この会社を丸ごと売ろうとすると売却価格が高すぎてしまうため、買い手が見つかりづらくなります。そこで売却金額を調整するために、事業だけを売却する事業譲渡を使うわけです。

 

 オーナー社長が、会社が持っている自社ビルや高級車などの資産を残しておきたいと考える場合にも事業譲渡を使うことがあります。

 

 事業譲渡を選択することで買い手に生じる大きなメリットは、のれんを償却できることです。株式譲渡の場合、のれんは発生しませんが、事業譲渡の場合はのれんが発生します。その結果、先ほど説明したように大きな節税効果が生まれます。

 

 売却によって、売り手側と買い手の貸借対照表がどうなったかを示したのが次の図です。

 

 

 売り手の貸借対照表からは、売掛金1億円と固定資産の器具備品1億円、買掛金0.8億円が買い手に渡ることになります。現預金1億円と保険未収金1億円は譲渡せずに残します。

 

 買い手側の貸借対照表では、2.5億円で事業を買収したことで、現預金が2.5億円減ります。一方で、売掛金1億円、固定資産1億円が入ってきます。また、この事業に関連する8,000万円の買掛金も引き受けることになります。

 

 つまり、1億円+1億円-0.8億円=1.2億円の純資産がある会社を、2.5億で買ったことになります。

 

 その結果、1.2億円と2.5億の差額である1.3億円がのれんとして計上されます。

 

●株式譲渡を選んだ場合
 次に株式譲渡を選んだ場合で考えてみます。

 

 このスキームを売り手が選択する狙いは、キャピタルゲイン課税を得られることです。株式譲渡益(キャピタルゲイン)に対する税率は約20%であり、総合課税(給与所得など)にかかる所得税率と比較しても低い税率なので、その点は売り手に有利といえます。

 

 では、事業価値2.5億円のこのX社を株式譲渡すると、売買価格はいくらになるのかを計算してみます。

 

 まず、借入金はなし。余剰資産は1億円のキャッシュと1億円の保険未収金で、合計2億円。事業価値の2.5億円にネットデットの調整をすると、この会社の株主価値は4.5億円という評価になります。

 

 では、この会社を4.5億円で株式譲渡した場合、買い手側の貸借対照表はどうなるのか。それを示したのが次の図です。

 

 

 買い手企業の貸借対照表では、4.5億円の現預金が減り、4.5億円分の株式が増えます。つまり、現預金が株に変わっただけなので、費用は発生しません。個別の財務諸表には何のインパクトも与えないということです。

 

 ただし、買い手が連結財務諸表を作成している場合、少し状況が異なります(図の右下)。

 

 投資額は4.5億円に対して、3.2億円の純資産を手に入れるわけですから、差額の1.3億円が「のれん」として連結財務諸表に計上されることになります。

 

●売り手の手取り額はどう変わるか
 事業譲渡と株式譲渡で、買い手の財務諸表への影響がどう変わるかわかったところで、次は売り手の手取り額がどう変わってくるのかを比較してみます。

 

図表

 

 まず事業譲渡の場合。譲渡収入は2.5億円。譲渡原価は、売掛金1億円+固定資産1億円-買掛金0.8億円=1.2億円です。

 

 純資産1.2億円の事業を、2.5億円で売るわけですから、差額の1.3億円が事業譲渡益となります。また、アドバイザリー報酬が譲渡収入に対しておよそ5%=0.1億円かかってきます。つまり、課税所得は、事業譲渡益1.3億円-アドバイザリー報酬0.1億円=1.2億円となり、法人税等が0.4億円(実効税率33%)発生します。

 

 譲渡収入2.5億円から、アドバイザリー報酬0.1億円と、法人税の0.4億円を差し引いた結果、手取りは約2億円です。現預金1億円と保険未収金1億円は買い手に渡さず会社に残したままなので、それらを含めると、合計4億円が手元に残ったことになります。

 

 次に対して株式譲渡の場合はどうでしょうか。

 

 譲渡価格は、企業価値の4.5億円です。譲渡原価は、出資額と概算取得費5%(後ほど解説します)のいずれか大きい方を選べますが、ここでは概算取得費の0.2億円とします。

 

 4.5億円から譲渡原価0.2億円とアドバイザリー報酬0.2億円を差し引くと、株式譲渡益は4.1億円となります。

 

 株式を譲渡してお金を得るのは法人ではなくオーナー個人ですから、オーナーにキャピタルゲイン(株式譲渡益)課税が発生します。税率は譲渡所得の約20%ですから、0.8億円。これらを差し引いた結果、最終的な手残りは3.5億円となりました。

 

 続く