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算出した評価価格を交渉にどう使う?

■準備フェーズが重要

 

 本書で学んだ企業評価の方法を、M&Aの実務でどのように生かせばいいのでしょうか。M&Aのプロセスに沿って説明します。

 

●調整項目を適正に反映する
 まず、準備フェーズにおいては、M&AアドバイザーがノンネームシートとIM(案件概要書)を作成しますが、この時に大切なことは、会社の正常収益力を算出するために調整項目を適切に反映した資料を作ることです。

 

 例えば生命保険の解約返戻金があるなら、これを調整項目として加えることで、その分、企業価値が高く評価されます。

 

 また、自社の決算書を確認して、会社売却後には発生しなくなる経費(オーナー社長の役員報酬、私的な経費など)については、できるだけピックアップして記載するようにしましょう。

 

●根拠のある希望売却額を記入する
 ノンネームシートには希望売却額を記載する項目があります。書かずに「応相談」としても問題ありませんが、やはりある程度の目安感はあった方が買い手としても判断がしやすいです。

 

 しかし、適当に書くのもよくありません。高すぎれば買い手候補は集まらないし、安めに書いてしまって後から値上げするのも難しい。何らかの根拠に基づいた、納得感のある数字を書くことが大切です。そのためにも、この章で説明した評価方法を理解して、根拠のある売却額を算出することが大切です。

 

●交渉時にアピールすること
 交渉フェーズではまずトップ面談が行われます。その際に意識したいのは、競争優位性・成長可能性について十分に説明できるようにしておくことです。

 

 そのためには、ビジネスモデルの特徴や自社の強みがわかりやすくまとめられている資料を用意しておくことが大切です。また、資料だけでなくプレゼンの仕方も重要です。プレゼンで相手の心をグッとつかめると、その後の交渉はスムーズになります。

 

 事業が成長フェーズにあり、「3期連続で伸びている」といった場合には、過去の決算書だけでなく将来の事業計画を提出するのもよいでしょう。

 

 さらに、「当社を買収することでこんなシナジーが生まれ、こんな成長可能性がある」といった内容も盛り込むと、評価が高まる可能性があります。

 

 

●仲介会社は売り手に肩入れしてくれない
 なお、トップ面談に際して理解したいのが、M&A仲介会社・アドバイザーの立場です。

 

 大規模なM&A案件では売り手と買い手の双方にアドバイザーが付くことになりますが、中小企業のM&A案件では基本的に、間に入る仲介会社は1社です。その1社が売り手と買い手の双方から成功報酬を得ます。

 

 そのため仲介会社は、どちらかに肩入れすることなく、できるだけ公平に交渉をリードしようとします。特に交渉フェーズに入ってからは、売り手側だけの肩を持つようなことはしません。

 

 だからこそ、買い手候補を見つける前の準備フェーズが重要になります。準備フェーズでも仲介会社が親切にアドバイスしてくれるとは限りませんが、少なくとも売り手の要望は聞き入れてくれます。

 

 その準備フェーズで、自社の価値が高く見えるようなノンネームシートやIMを作成することが大切なのです。

 

●実行フェーズでは
 交渉フェーズを終えると、買い手によるデューデリジェンス、株価算定が行われます。買い手側に対して、株価算定に必要な情報や評価アプローチの選択に関する考え方など、適切な情報を提供できるとスムーズにプロセスが進みます。

 

 各交渉フェーズにおいて、本書で学んだ企業価値の算定プロセスを理解したうえで適切な準備を行うことで、よりスムーズにより高い価格での売却につなげられます。

 

■価格交渉で高く売るためのポイント

 

 すでに説明した通り、中小企業のM&Aは相対で取引価格が決まります。

 

 そのため買い手は、どうしてもその会社を手に入れたいと思ったら、相場以上の高値を提示することがあります。

 

 例えば、「シェア拡大のためにどうしても売り手企業を取り込みたい」「中期経営計画の目標の一つである新規事業開発を達成するため、手っ取り早く新しい事業を買いたい」というようにM&Aに対するモチベーションが高い買い手候補が見つかった場合、売買価格が高騰することも珍しくありません。

 

 そのようなケースでは、本章で説明した株価算定の実務は、いわば後付けで行われます。つまり、買い手は、理屈もなく高い金額で買うわけにはいきませんから、自社の役員会や株主に「なぜこの価格になるのか」という説明できるよう、その根拠を必要としているのです。そのため売買価格ありきで、それを裏付けるためのデューデリジェンスや株価算定を行うのです。

 

 だからこそ、売り手としては、買い手のニーズに応えるために、「当社にはこれだけの価値がある」と根拠を持ってアピールする資料を用意しておくことが大切になります。

 

 では具体的に、どのようにすれば高く売れるのか。そのポイントを次に挙げました。

 

①モチベーションの高い買い手候補が存在する
 モチベーションが高い買い手候補に出会うためには、売り手が焦って売り急がないことが肝要です。

 

 売却の期限を明確に定めるのではなく、「良い買い手候補と出会ったら話を進めよう」というスタンスで待っていると、有利な条件で売れる可能性が高くなります。

 

②デューデリジェンスで指摘が入らないように準備する(ネガティブな情報はあらかじめ先方に伝えておく)
 準備が大事です。できるだけ早い段階で準備を始めてください。

 

 ただ、どうしても解決できない課題や懸念事項は残ります。そういった課題については、正直に買い手に伝えるべきです。伝えずに交渉を進めて後から見つかってしまう方が、よほど印象が悪いです。

 

③希望売却額の根拠について明確に説明でき、買い手が評価しやすいように算定根拠を提供する(類似上場企業の選定、WACC、事業計画等)
 本書で説明した株価算定の方法を参考に、M&Aの交渉に進んだ際に買い手候補が評価しやすいような説明を用意してください。

 

 いかがでしたでしょうか?

 

 株価算定の実務は専門的な話なのでアカウンティングやファイナンスの知識がないと難しく感じるかもしれません。しかし、M&Aの交渉フェーズでは、当然、会話として出てくる内容になります。価格交渉時に自信を持って自社の企業価値を説明できるよう、今から少しずつでも知識を身に着け情報を集めておくことをお勧めします。

 

最近は、無料で簡易株価算定(シミュレーション)を提供するM&A仲介会社や会計事務所も増えております。これらの算定結果は、あくまで参考値であって、必ずしもその価格で自社の株式が売却できるとは限りません。

 

重要なのは、その算定プロセスを理解することであり、どのような前提条件を置いているかを確認する必要があります。そして、「理論的な価値」や「相場(取引事例)」を踏まえた上で、後悔のない価格・条件で理想的なEXITが実現できることを願っています。
 (詳しく理解したい方は弊社で主催しているEXIT実践塾に参加して頂ければ知識レベルに合わせてしっかりとサポートさせて頂きます)